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【BOSS Room】Vol.8 2026北中米W杯 ブラジルvs日本を観て no.2

  • 2 日前
  • 読了時間: 3分

No2

 私も戦後生まれの人間なので戦争は知らない。映像や語られた話しからでしか戦争を知ることはできない。そんな戦争の話しを持ち出してくるのは少し大袈裟且つ不適切かもしれないが、第二次世界大戦末期の1944年10月、戦況がすこぶる不利になっていった時期に史上初の神風特攻隊を出撃させている。

神風特別攻撃隊(かみかぜとくべつこうげきたい第二次大戦大日本帝国海軍によって編成された爆装航空機による体当たり攻撃部隊(特別攻撃隊)と直接掩護並びに戦果確認に任ずる隊で構成された攻撃隊

*《因みに第二次世界大戦は1939年9月1日開戦、1945年(昭和20年)8月15日終戦日とされているが、降伏文書への正式調印は同年9月2日であり、国際法上の戦争終結は1952年4月28日となっている。その前年の1944年10月21日に史上初の神風特攻隊が出撃している》

 当時の戦況を資料により調べてみると、1944年頃には太平洋上の島が悉く米軍に占領され、日本本土攻撃に向けた準備が着々と進んだという。沖縄もその日本本土攻撃の拠点として米軍に占領され《*1945年昭和20年のアメリカ軍による沖縄占領から、1972年(昭和47年)5月15日沖縄本土復帰に至るまでの、27年間アメリカ合衆国による占領統治されていた》いよいよ苦境に立たされた日本は最後の手段として相手国(米国)艦船(駆逐艦や空母など)に戦闘機ごと体当たりする作戦を敢行したのである。《*日本には、陸軍の一部である大日本帝国陸軍航空隊と、海軍の一部である大日本帝国海軍航空隊しか存在せず、空軍を持っておらず陸戦/海戦を支援するためだけに機能してい》 


 もう成す術が無い大日本帝国海軍最後の手段が特攻隊作戦となり、お国のために玉砕することが崇められた。このことを否定するつもりもなく非難するつもりはない。ただここで言いたいのはこの時の“特攻精神”なるものが現在でも根強く生き残り、マイナスに作用しているのであれば心配だということだ。

 時にスポーツの苦しい場面や逆境の場面になると大人達(指導者)は「当たって砕けろ精神だ!」「犠牲心を持って戦え!」と鼓舞し続ける。もちろんそんなことを言う大人ばかりではない。しっかり戦況を見ながら適宜選手に言葉をかける大人も多くいる。しかしその“根強く残る精神”はやはり簡単には無くならない。反対の論理はねじ伏せられ、自分の意思を言葉に出すことは極めて封じられる傾向が残る。それゆえに日本人特有と言われる指示を待つ姿勢、自分たちで解決する力に欠けた“待ち”型の国民性は、明治維新後の富国強兵制の国家方針に産声をあげ、主権絶対主義の戦前戦中の軍国主義に受け継がれ、戦後の復興時期・高度成長期であっても日本経済を支えたサラリーマンに引き継がれ、やがては先輩後輩・年功序列と言ったスポーツ界に生き残ってきた様に感じる。年上を敬うとか先人に学ぶ、温故知新といった考え方は全くもって間違いだとは思わないし、むしろ必要なものと私も思っている。ただ、一方的な圧力が故に意見を言うことを“生意気”と捉えられ、やがては意見を言う気すら奪い取っていく・・・そんな風潮・教育が戦後の子ども達に施されていったのなら、日本のサッカー界は世界から取り残されていくのではないかと危惧する。私の年齢においてもその様な教育感であった様に思うのだから私より先輩達は圧力教育は尚更だったのでは無いかと思っている。


つづく



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